ウリィと王冠イメージ

STORY

ビールの王様

その奇妙な共同生活は、その夜から始まった。

ひどく酔っぱらった僕は、山積みになった空の酒瓶の隙間からひょっこりと現れた「王様」を見る。
目をぱちくりさせる僕の目の前で、彼はビールの栓をちいさな両手でよいしょ、と持ち上げてみせる。
そして彼の立派な王冠と比べ、にやりと笑うのだ。
「トゲトゲ冠のビール王とは話にきいていたが——そいつが君のようなまぬけ面だったとはな!」

次の朝、僕は王様にせがまれるまま胸ポケットに彼をそっと収め、休日の街を歩くことになる。
気まぐれに鼻歌を歌い、身を乗り出し、辺りを見回しては感嘆の声を上げる王様にひやひやする僕だったが、奇妙なことに、ちいさな彼のことは誰にも見えないようだ。
そう、僕以外には。

混乱した足取りのまま、ランチタイムも過ぎ去った喫茶店へ赴く。
コーヒーカップの影に隠れて、ひとつだけ頼んだ僕のコーヒーに、次々角砂糖を投げ込み終えた彼は満足そうに息をついた。
子供用の小袋グミベアを器用に開けてふとつ取り出し抱え、大口を開けてかぶりつく。
そして口を開く。それらがお決まりの儀式であり、口癖であるかのように。
「さて、いったい君には、あれが何に見えるかね?」
王様の指し示す先には、プードルを散歩させる老人。何も変わったところはないように思えるが……。

――僕の胸ポケットに住み着いた、口うるさくてクールな王様。
  彼の瞳には、こっちの大事な常識ってやつが、
  ひどく奇妙に映るらしい。

ビールの王様

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